
SNSで介護事業所の活動を発信する時代になりました。インスタでレクの写真、Xで空き状況、TikTokで職員の一日。広報や採用に効くのは事実です。
しかし、介護のSNSは「うまくいけば広告、しくじれば炎上と監査対応と賠償」の世界です。かわいい動画を一本上げただけのつもりが、利用者の人生を傷つけることもあります。
しかも現場は忙しい。だからこそ、理想論ではなく「絶対に守るべき線」と「現場のゆとりのためにこうしておくと助かる線」を分けて、トラブルを未然に潰す運用に落とします。本記事は、介護事業所でSNSを使う際の個人情報・プライバシー・肖像権トラブルを、事例ベースで説明し、マニュアルのように使える形で整理します。
目次
- 1 介護事業所のSNSで起きやすいトラブルは「身バレ」と「同意のズレ」
- 2 よくある事例 顔を隠してもアウトになるパターン
- 3 法令と基準 教科書どおりに理解し、現場の運用に落とす
- 4 絶対に守るべきこと SNS運用の最低ライン(ここを外すと詰みます)
- 5 仕事のゆとりを保つために「こうした方がいい」運用(現場の落としどころ)
- 6 同意取得の実務:同意書があっても揉める理由と設計
- 7 撮影・編集・投稿のチェック項目、現場で使える簡易マニュアル
- 8 職員個人のSNSが引き起こす事故:事業所アカウントより危ない
- 9 苦情・削除依頼が来た時の初動、言い訳より先にやること
- 10 リスクを下げつつ効果を出すSNS企画、安全に「伝わる」ネタの作り方
- 11 介護SNSは「広報」ではなく「個人情報管理」だと割り切る
介護事業所のSNSで起きやすいトラブルは「身バレ」と「同意のズレ」
介護のSNSトラブルは、だいたい次の2つに収束します。1つ目が「身バレ」です。顔が写っていなくても、背景、服装、車いす、髪型、建物外観、近所の看板、行事名、投稿時間帯、職員の書きぶりなどが合わさって、地域では簡単に特定されます。2つ目が「同意のズレ」です。家族はOKと言ったが本人は嫌だった、本人はその場で笑っていたが後で後悔した、同意書はあるが用途が想定外だった。これで揉めます。
介護はもともと、利用者のプライベートの中心部に踏み込む仕事です。だからこそ、SNSで外部に出した瞬間にリスクが跳ね上がります。「良い取り組みを知ってほしい」という善意は免罪符になりません。むしろ善意ほど危険です。現場のテンションで押し切った結果、後で取り返しがつかないからです。
よくある事例 顔を隠してもアウトになるパターン
「目線を黒塗りにしたから大丈夫」「スタンプで顔を隠したから問題ない」。この発想が、介護SNSで最も事故を起こします。理由は簡単で、顔以外の情報が個人情報になり得るからです。個人情報は氏名や住所だけではありません。本人が特定できればアウトです。
例えば、施設内での誕生日レク写真。顔はスタンプで隠していても、壁の掲示にフルネームが貼ってあった、名札や作品に名前が書いてあった、居室番号が映った、薬袋が写った、ユニット名が分かる装飾が入った。これらは「特定につながる情報」です。さらに「今日は透析の後でしんどそうでした」などの一文が添えられたら、健康情報までセットで漏えいします。これは笑い話ではなく、普通に事故です。
また、送迎車の前で撮った集合写真で、車のナンバー、事業所名、近所の交差点の看板が写る。地域の人は「どこの誰が通っているか」を推測できます。本人が「介護サービスを利用している事実を知られたくない」場合、これだけで十分にプライバシー侵害になります。
法令と基準 教科書どおりに理解し、現場の運用に落とす
まず教科書的に押さえるべきは、個人情報保護とプライバシー、肖像権の考え方です。ここを曖昧にすると、同意書を取っても運用がズレます。
個人情報・要配慮個人情報の基本
個人情報保護法では、「生存する個人に関する情報で、特定の個人を識別できるもの」が個人情報です。さらに、医療・介護に直結する健康情報は「要配慮個人情報」として、より慎重な取り扱いが求められます。介護サービスの利用状況やADL、疾患、服薬、認知症の有無などは、投稿文だけでも漏れることがあります。出典:個人情報保護委員会「個人情報保護法」および関連ガイドライン。
プライバシーと「介護を利用している事実」
プライバシーは法令の条文だけで割り切れず、「本人が知られたくない私生活上の事実」が中心です。介護サービスを使っていること自体、本人にとっては十分にセンシティブです。本人が地域での体面を気にする、家族関係を知られたくない、病気を隠したい。こうした事情はよくあります。「明るい施設の雰囲気を伝えたい」より、本人の人生のほうが重い。ここを勘違いすると、SNSは必ず事故ります。
肖像権・著作権・第三者の映り込み
顔写真は典型的に問題になりますが、顔がなくても身体特徴や服装で本人性が出ることがあります。また、レクで流している音楽、映像、掲示物、利用者の作品の扱いも著作権が絡みます。職員が良かれと思ってBGM付き動画を投稿しても、プラットフォーム側で削除されるだけならまだしも、クレーム対応の火種になります。さらに、面会に来た家族、業者、近隣住民など「第三者」が映り込むのも頻出です。本人同意だけ取って終わり、ではありません。
絶対に守るべきこと SNS運用の最低ライン(ここを外すと詰みます)
ここからは、現場で「必ず守る」ラインです。努力目標ではなく、ルールとして固定してください。守れないなら、SNSはやらないほうが安全です。SNS だけでなくブログや広報誌の発行なども考え方としては似ています。炎上してから「勉強不足でした」は通りません。
第一に、本人の尊厳を毀損する内容は投稿しないことです。転倒、失禁、混乱、暴言、奇声、拘縮、褥瘡、介助の様子。たとえ本人が笑っていても、外部に出した瞬間に「見世物」になります。介護職が一番嫌われる瞬間は、他者の弱さをコンテンツ化した時です。
第二に、同意のルールを統一することです。「口頭でOKもらったから」は事故の温床です。SNSの掲載は、通常の個人情報利用(ケア提供のための共有)とは別枠で、目的外利用になり得ます。本人(可能なら本人、難しければ法定代理人等)から、書面で、用途を特定して同意を取る。撤回できることも明記する。これが最低ラインです。
第三に、同意があっても「必要最小限」で出すことです。SNSは一度拡散すると回収不能です。最小化の考え方を外すと、同意書はただの免罪符になり、結局トラブルになります。出す情報を削り、映像を短くし、背景を消し、位置情報を切り、投稿頻度を抑える。地味ですが効きます。
第四に、個人情報・要配慮情報が入った素材は、個人スマホに保存しないことです。職員の私物端末は管理不能です。退職時にデータが残る、クラウドに自動同期される、家族が見られる、紛失する。これで漏えいしたら、事業所として説明責任を負います。撮影するなら事業所管理端末、保管はアクセス制限、削除期限を決める。これが最低ラインです。
仕事のゆとりを保つために「こうした方がいい」運用(現場の落としどころ)
次は、絶対ルールではないが、やっておくと後で助かる運用です。SNSは「忙しい時ほど事故る」ので、仕組みでラクをしてください。根性や注意力に頼ると、100%負けます。
おすすめは、そもそも利用者の顔や個別性が出る素材を「撮らない」方針に寄せることです。例えば、職員の研修風景、環境整備、食事の盛り付け、感染対策の工夫、レク物品の準備、地域交流のチラシ告知など、利用者の個人情報を含まないネタはいくらでもあります。「利用者さんの笑顔が一番映える」は分かりますが、その笑顔で失う信用はもっと大きいです。
次に、投稿担当者を固定し、現場職員に「その場のノリで撮って上げる権限」を渡さないことです。担当者が不在なら投稿しない。これで十分に事故が減ります。SNSはリアルタイム性が売りと言われますが、介護にリアルタイムを持ち込む必要は薄いです。むしろ遅らせた方が安全です。
さらに、撮影前チェックと投稿前チェックを分けます。撮影時点では背景に名前が映っていないか、ホワイトボードに予定や氏名がないか、居室札がないか。投稿時点では文章に疾病や生活歴、家族関係が混ざっていないか。ここを二段階にすると、うっかりが減ります。
同意取得の実務:同意書があっても揉める理由と設計
「同意書を取っているから大丈夫」と言う事業所ほど、なぜか揉めます。理由は、同意が抽象的で、本人の理解と一致していないからです。「広報に使用します」だけでは、どのSNSで、どの程度の期間、誰が見る想定かが共有されません。本人は施設内掲示くらいのつもり、事業所は全世界公開のつもり。このズレがトラブルの芯です。
同意設計の落としどころは、「媒体」「内容」「期間」「撤回」「代理同意」「判断能力が変動する場合」を具体化することです。認知症がある方は、その日のコンディションで意思が変わります。家族が同意しても、本人が拒否するなら原則やめる。現場的には面倒ですが、ここを軽視すると、後で家族内トラブルや苦情が来ます。
| 項目 | 最低限入れたい内容 | 現場での落としどころ |
| 媒体 | 掲載先(インスタ、X、TikTok、Webサイト等) | 媒体を増やすたびに同意を取り直すのが理想。難しければ「媒体一覧」を更新し、説明・再同意の機会を作る |
| 内容 | 写真・動画・音声、氏名掲載の有無、個人が特定される情報の扱い | 原則「氏名は出さない」「顔出しはしない」を標準にし、例外は個別同意で運用 |
| 期間 | 掲載期間、保管期間 | 「最長○年」「退所後○か月で削除」など期限を決めると揉めにくい |
| 撤回 | いつでも撤回可能、削除対応の範囲 | SNSは完全削除が困難な場合があることも説明しておく(拡散・保存の可能性) |
| 代理同意 | 本人同意が難しい場合の手続き | 家族同意でも、本人の拒否があれば掲載しない運用に寄せる |
| 判断能力の変動 | 状態変化時の再確認 | 定期モニタリングや契約更新時に同意も更新する |
撮影・編集・投稿のチェック項目、現場で使える簡易マニュアル
「気をつけましょう」では現場は回りません。チェックを型にします。箇条書きは使わず、流れとして覚えてください。
撮影前:環境と写り込みを潰す
まず撮影場所の背景を見ます。ホワイトボード、当日の予定表、申し送りノート、記録端末の画面、居室札、名札、作品の署名、薬袋、送迎表、緊急連絡先。これらは「現場あるある」ですが、SNSでは全部地雷です。次に、第三者の映り込みを確認します。面会者、他利用者、委託業者。本人同意があっても、他者の同意がなければ投稿はできません。
撮影中:介助の瞬間を撮らない、撮るなら尊厳優先
食事介助、移乗、排泄、入浴、口腔ケア。これらはたとえ「良いケアの紹介」の意図でも、受け手は不快に感じやすい領域です。どうしてもケアの工夫を伝えるなら、再現用のスタッフモデルや物品だけの画で表現した方が安全です。本人の身体をコンテンツ化しない。これが鉄則です。
編集時:位置情報・音・文字情報を消す
スマホ撮影は位置情報(Exif)に注意します。投稿時に位置情報が付く設定もあります。音声も危険です。名前を呼ぶ声、申し送りの会話、テレビのニュース、電話内容が入ることがあります。画面に写る文字情報も最後に確認します。写真は顔を隠せば終わりではなく、文字と音と背景を消して初めて「最低限」です。
投稿文:病名や家族事情を「盛らない」
炎上の多くは本文です。「認知症でもこんなに頑張っています」「透析帰りでも笑顔」「独居で身寄りがなくて」。介護職の感動ストーリーは、本人にとっては暴露話です。医学的情報や家族背景は要配慮・プライバシーの塊だと理解してください。書かないのが最も安全で、最もプロっぽいです。
職員個人のSNSが引き起こす事故:事業所アカウントより危ない
実は、事業所公式より多いのが職員個人アカウント由来のトラブルです。「今日は大変だった」「○○さんがまた転倒」「家族がクレーム」など、愚痴のつもりで書いた投稿が、地域でつながっている人に見つかります。匿名でも、勤務先やシフト、制服、自撮り背景でバレます。介護業界は狭いので、バレる前提で考えるべきです。
絶対に守るべきは、業務で知った情報を個人SNSに出さないことです。写真がなくてもアウトです。利用者を特定できなくても、事業所が特定されれば信用問題になります。さらに、ハラスメントや差別表現に見える書き方は、採用広報を一撃で吹き飛ばします。「疲れた」を書く自由はありますが、「仕事の信用を担保する責任」もセットです。
現場の落としどころとしては、就業規則やSNSポリシーで、業務上知り得た情報の投稿禁止、施設内撮影の扱い、違反時の対応を明文化しておくことです。新人には入職時に説明し、誓約書まで取るかは事業所判断ですが、少なくとも「知らなかった」を潰す仕組みは必要です。
苦情・削除依頼が来た時の初動、言い訳より先にやること
トラブルはゼロにできません。だから初動を決めておきます。最優先は、該当投稿の非公開化または削除の判断を即時に行うことです。事実確認より先に、被害拡大を止める発想が必要です。
次に、誰が窓口で、誰が記録し、誰が最終判断するかを決めます。現場職員がコメント欄で応戦するのは最悪手です。火に油です。
本人・家族への対応は、正論で押し切らないことです。
よく介護施設でやってしまうのが「同意書があります」「契約の時に同意していただきましたよね?」と、同意したからこちらは悪くないという態度で押し切ることです。同意というのは最後のカードです。そもそも同意と言っても、多くの介護サービス事業者ではA 4の紙 一枚などで「ホームページに載せます」や、「SNSに顔が映るのは良いですか」みたいなくらいにしか同意をとっていないので、相手方としても反論の余地が非常に大きいものです。
ご利用者などの顔を宣材に使わせていただいていたのですから、まずは不快な思いをさせたこと、拡散の不安があることを受け止め、削除対応と再発防止を説明します。
ここでSNSの仕様上、完全な回収が難しい可能性があることも誠実に伝えます。誠実さがないと、行政や第三者機関への相談に進みます。
当然このようなことは「苦情」ですので、苦情としても記録は必須です。いつ、誰が、何を投稿し、誰から、どんな申し出があり、どう対応したか。後から「言った言わない」になります。監査や運営指導で問われることもあります。介護のトラブル対応は、だいたい記録の質で勝敗が決まります。
リスクを下げつつ効果を出すSNS企画、安全に「伝わる」ネタの作り方
SNSをやめろと言いたいわけではありません。やるなら、事故りにくい企画に寄せればいいだけです。個人情報に触れない運用でも、十分に魅力は出せます。
例えば、介護現場の工夫はネタの宝庫です。感染対策の導線、転倒予防の環境調整、食形態の工夫、福祉用具の選定ポイント、災害備蓄、研修の様子、BCP訓練、地域連携の取り組み。これなら利用者を撮らなくても「ちゃんとしている事業所」が伝わります。採用にも効きます。むしろ求職者は、利用者の顔より「職員が守られているか」「教育があるか」「倫理観があるか」を見ています。
どうしても行事の雰囲気を出したいなら、個人が特定されない引きの画にする、後ろ姿にする、手元だけにする、掲示物は撮影用に作り替える。さらに投稿を数日遅らせ、リアルタイム性を落とす。これが現場的な落としどころです。バズりより、安全に継続できることが勝ちです。
介護SNSは「広報」ではなく「個人情報管理」だと割り切る
介護事業所のSNS活用は、新規利用や地域での認知、採用に効果があります。
一方で、個人情報・プライバシー・肖像権のリスクは、他業種より格段に高いです。顔を隠せばOKという発想は捨ててください。身バレは背景と文章で起きます。
絶対に守るべきは、尊厳を削る投稿をしないこと、SNS用途の同意を具体的に取ること、素材を私物端末に溜めないこと、必要最小限で出すことです。
その上で、現場のゆとりのためには「利用者を撮らない企画に寄せる」「担当者を固定する」「撮影前と投稿前の二段階チェック」「苦情時の初動を決めておく」が効きます。理想を語る前に、事故らない仕組みを先に作る。これが大切になります。

